10時間42分の初挑戦から3年。再び走る理由がここにある

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横田久世

こんにちは、ごわすです!
初めてのホノルルマラソンから3年。
涙も笑顔もすべて経験に変えて、
再びスタートラインに立とうとする大人の姿があります。
この挑戦が、誰かの一歩を照らす「道しるべ」になりますように。

目次

2度目のホノルルマラソンに込めた想い

来月、12月14日。
私は2度目のホノルルマラソンに挑戦する。

前回は2022年12月11日。
その時は、自分にとって初めての42.195kmへの挑戦であり、
娘たちが成人する前に「挑戦する背中」を見せたいという一心だった。

クラウドファンディング、スポンサー企業、
そしてたくさんの仲間の支えによって私はスタートラインに立つことができた。
「頑張ってね」
その言葉がどれほど大きな力になったか、今でも忘れない。

結果は10時間42分で完走。
けれど、本当に大きかったのは、
走りながら自分の弱さと未熟さに向き合ったことだった。

20kmの壁──笑顔が消えた地点

20km地点までは順調だった。
仲間の声援に笑顔で返し、
「頑張ろう」と気持ちを奮い立たせながら走っていた。

しかし20kmを過ぎた瞬間、
足がまったく動かなくなった。

走れない。
息が上がる。
視界が落ちる。

私が止まれば、周りの8人の仲間も止まる。
その事実が胸に重くのしかかり、
笑顔はいつの間にか消えていた。

応援の声も入らず、
下を向き、歩いては止まり、また歩いては止まる。
心が折れる寸前だった。

娘の一喝で、目が覚めた

「もう私を置いて先に行って欲しい……」

そう言いかけた時、
後ろで支えてくれていた娘が叫んだ。

「ちょっといい加減にして!」
「ママが止まれば明が止まるの!」
「走り出す時がどれだけきついかわかるの?」
「一人で来たんじゃないでしょ!みんなに連れてきてもらったんでしょ!しっかりして!」

その声で私はハッと我に返った。
情けなさが込み上げた。
そして、気づいた。

苦しくなると私は周りが見えなくなる自分がいるということを。

30km地点でもう一度走れた理由

30km地点で、私は再び走り出すことができた。
涙を流しながら、
仲間に「ごめんなさい」と何度も頭を下げた。

自分の弱さ。
周りの支え。
日本からの応援。
ホノルルに連れてきてくれた感謝。

全部が胸の奥から溢れてきた。

その時、
パイナップルマラソンチームのチャンコさんが言った。

「声が聞こえてないこと、知ってたよ。」
「だから僕たちがいるんだよ。」

そしてリーダー安岡さんは、
やさしく、力強く教えてくれた。

「それがマラソンなんだよ。」

この言葉は、私の人生の指針になった。

45歳で知った「大人の背中」という意味

当時私は45歳。
年齢だけは大人でも、
心は子どもより未熟だった。

だけど支えてくれた仲間のおかげで知った。

大人の背中は、子どもにとって道しるべになる。

泣きながらでも前に進む姿は、
娘たちの心に深く刻まれた。

あの場所がまさに、
「大人の背中は道しるべプロジェクト」誕生の瞬間 だった。

3年後の今──成長した背中を

あれから3年。
私は仕事でも、家庭でも、心の面でも、
少しずつ成長してきた。

今回のホノルルマラソンは、
その成長した姿を背中で魅せる挑戦。

前回の学びは、
「人は一人では走れない」ということ。
そして、どんな時も感謝を忘れてはいけないということ。

娘の喝で気づき、
仲間の言葉で知った“マラソンの本当の意味”。それは
「ゴールすること」ではなく、
仲間と共に乗り越えていくこと。

✨今回の挑戦に込めた願い

2度目のホノルルマラソンは、
“恩返し”ではなく
“進化の証明”

私は笑顔でゴールしたい。
苦しい瞬間にも感謝を忘れず、
仲間と共に走り抜きたい。

そして娘たちに伝えたい。

人は何歳からでも成長できる。
挑戦し続ける限り、人生は変えられる。

私の背中を見て、
娘たちが何かを感じてくれたら、
それが一番の幸せだ。

✨読んでくださった皆様へ

もし、また応援していただけるなら、
その応援が私の力になります。

3年前と同じように、
皆様の「頑張ってね」を胸に、
成長した私の姿を見せられるよう全力で走ってきます。

本当にありがとうございます。

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